【アイマスSS】ブラデリカ(ヨーロッパ編)第一夜

――1人の少女が居る。

橘ありす、アイドルである。
驚くべきことに彼女はこれからどこに行くか知らされてない。
事務所の前で独り、仔ウサギのようにソワソワしている彼女を見ていると胸が痛い。

「もしかしてこれは恋かな、周子ちゃん? フレちゃん、恋するお年頃みたい」
「コラコラ、アイドルがそう簡単に恋に落ちちゃいかんよー?」

事務所の前、手入れの行き届いた植え込みから金髪と銀髪のアイドルが突然飛び出し、ありすは打ち水を浴びせられた仔猫のように体をこわばらせた。

「フレデリカさん、周子さん!? な、なに勝手にナレーション入れてるんですかっ?」

おもわず取り落としそうになったタブレットを持ち直しているアリスに、宮本フレデリカと塩見周子の2人が手を振りながら近付く。

「いやー事務所に来てみたら、橘ちゃんが入口のトコで迷子みたいに心細そうにしてるから、つい声かけたくなっちゃって」
「ウチの事務所広いもんね。東京ドーム何個分? これだけ広かったらお客さん呼んで毎日LIVEできちゃうね? わーお、フレちゃん、ナイスアイディア♪」
「いや、そういうことはもうお向かいさんがやってるし……」
「子供じゃないんだから、迷子になんてなりませんよ!」

いつものように脱線しかかった二人の会話をありすが時間を気にしながら遮る。

「収録の時間になっても、集合場所に誰も来ないから心配していただけです」
「大丈夫、カメラはオンタイムで回ってるよー」

子供扱いされたことに腹を立て、プイッとそっぽを向いたありすの視界の端にもう一人、植込みの陰に隠れていた人物が現れた。

「ぷ、プロデューサーさん!? か、勝手に撮らないでください」

背広に付いた葉っぱを無造作に手で払いながらも、もう片方の手はSONY製デジタルハンディカムを構えたまま石膏で固めたように動かない。赤々と点灯しているRECランプを見て、ありすの顔もまたみるみるうちに紅潮していく。

「チミチミ~、撮影ならまずは事務所を通してからにしてもらわないと困るよー?」
「いや、ウチらみんな同じ事務所だし、プロデューサーだし……」
「そうだった! ならオッケー♪」

目の前で繰り広げられる茶番に全てを理解したありすはかすかに顔を引きつらせる。

「このグダグダな感じとメンバーにものすごくデジャブを感じるんですけど、もしかして今日の収録って……」

それを合図に二人がありすの両脇に並んでカメラに向き直る。

「フンフンフフーン♪ ブラデリカー」
「――帰ります」

『お疲れ様でした』と、感情を失くした目で回れ右をするありすの左右からフレデリカと周子が追いすがった。

「あぁ~ん橘氏ぃ~! まだどこにも出かけていないのに帰っちゃったら、番組が5分で終わっちゃうよー」
「まーまー、企画を聞いてからでも遅くないと思うなー。 騙されたと思って、ね?」
「もう騙されたくありません!」

ありすの脳裏に前回の収録風景が蘇る。
事務所の前で突然拉致られ、企画の趣旨も分からないまま眼鏡や服をコーディネートしてもらっったり、最後は喉が枯れるまで怒涛のカラオケ大会……。
楽しくなかったとは言わないが、事前のリサーチを欠かさないありすにとって行き当たりばったりの収録に疲労困憊、今にも床に横になりそうになったのも事実だった。

「今回は橘ちゃんが楽しめそうな所を事前に選んでるから安心しなよ」
「そうそう大船に乗ったつもりで行こーよ。まぁ、乗るのは船じゃないけどねー」
「はい?」

早くも先行きが不安になるありすとは裏腹に二人は企画発表を続ける。

「今回のテーマはズバリ、メルヘンだよ」
「なんて言っても『ありす』ちゃんだもんねー」
「橘です! ドサクサに紛れて名前で呼ばないで下さい。メルヘンって、もしかして隣の県の夢の国にでも行くんですか?」
「夢の国に電車で行けちゃうんだから、スゴイよねー! 近くにはウサミン星もあるし、メルヘンの聖地だね」

はしゃぐフレデリカとは対照的にクールなままのありすの表情を周子が伺う。

「あちゃー、もしかして橘ちゃん、メルヘンは嫌だった?」
「べ、別に嫌って訳じゃ……ただ、アニメのストーリーは現代の子供向けにアレンジされたものだと以前、文香さんに教えてもらいましたので、わたしははしゃいだりしません。子供じゃないですから……」

ツーンとすましてみせるその顔はまさに”クールタチバナ”といった感じだ。

「本当のメルヘンって例えば? どんなのがあるの?」
「そうですね。本場のグリム童話では、白雪姫は最後、結婚式に招待した継母に焼けた鉄の靴を履かせて死ぬまで踊り続けさせたりしていますね」
「わーお、バイオレンス~♪」
「最近では日本の昔話も猿とうさぎが和解したり、意地悪なお爺さんやお婆さんが改心したりしていますけど、本来童話というものは作者の苦難の半生や社会に対する風刺、戒めが反映されているもので悲劇的な結末も多く、一概に子供向けとは言えません」
「へぇー流石、橘ちゃん。物知りー」
「橘氏の立ち話はためになる!」
「ところで、グリム童話ってどこの国のお話だっけ?」

一瞬、周子がイタズラっぽく口元を緩めたが、ドヤ顔で説明を続けるありすには見えていない。

「そんなことも知らないんですか? グリム童話はドイツ、アンデルセン童話はデンマーク、イソップ童話ならギリシャです」
「よぉーし、じゃあそこに行こう」

「へ?」

おもわずありすの表情が固まる。

「……い、今、どこに行くって言いましたか?」

みるみるうちに引きつっていくありすとは対照的に悪戯が成功した子供のように無邪気に笑い合う周子とフレデリカ。

「だからメルヘンの本場だってば」
「メルヘンの本場って言うと……あの、それってもしかして……」
「橘氏オススメのヨーロッパにブラっと行ってみよう!!」

ブラデリカ・海外企画第一弾
『ヨーロッパ21ヵ国完全制覇の旅』

「ちょ、ちょっとぉー! 日本出るなんて聞いてませんよ!?」

おもわず救いを求めた視線の先ではプロデューサーが赤い手帳を手に持っていた。

「何ですか、それ!?」
「……え? 私のパスポート!? いつ海外での仕事が入ってもいいように、お父さんが用意してくれた? もしかして最初から私を陥れるつもりだったんですか!?」
「もぉー、陥れるなんて人聞き悪いなー」
「大好きなありすちゃんのために考えたサプライズ企画だよー」

「タ チ バ ナ です!」

「はっきり言ってこれは拉致ですよ!? 子女誘拐です!」
「ほらほら、早く行かないと飛行機の時間に遅れちゃうよー」

まだ自体を飲み込めていないありすの両手を繋いで車に乗り込むフレデリカと周子。

「じゃあ運転手さん、空港までよろしくシルブプレ♪」

……かくしてブラデリカ初の海外ロケが始まった。どうなるありす!?

第二夜に続く

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